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世界の恋の数は一定

All about people, animals and stars.

わがまち、住む街

 我が街は、多くの人にとってそうであるように、わたしにとって一貫して住む街であった。わたしは物心ついた時からこの街に住んでいる。わたしの最初の記憶はずっとこの街だと思っていたのだけど(それは縁側にまばゆい夕陽を母と浴びているというものだ)、今思えば陽の向きからいってあれは今住んでいる土地ではなかったようだ。小さい頃は静岡の掛川に住んでいたことがあったから、おそらくはそこなのだろう。小学校くらいの時に掛川に行ったのだけど、全く覚えてはいなかった。両親ばかりが懐かしがっていて、わたしは少しだけむなしさを覚えた。
 それはそうと、わたしはこの街にずっと住んでいる。小学校の時に家を建て替えた頃以外はこの同じ土地にずっと住んでいて、旅行を考慮しても一週間と街を離れたことは無いように思う。たぶん。
 この街には、図書館が二つある。市立と県立(?)のもの。わたしはある程度大きくなるまではどの街にも一律に図書館があるものだと思っていた。これはどこかで書いたけれど、わたしは小学校に上がるまでは図書館というものに縁がなかった。友達に誘われて行ったのが初めてだったと思う。市立の図書館は市内中から本を取り寄せることができるのでとても重宝している。
 小学校にあがって、わたしの行動範囲はどんどん拡がっていった。隣街の文房具屋にプラモデルを買いに自転車で通ったのも小学校に上がってからだ。当時は第二次ミニ四駆ブームであった。この街にミニ四駆を扱っている文房具屋はなく、友達に誘われるままに隣街まで足を運んでいた。横浜で親に買ってもらうという選択肢はわたしにはなかった。すべての玩具は自分のなけなしの小遣いから買うことになっていたから。
 小学一年の時に、横浜での母との待ち合わせがうまくいかず、歩いて家まで帰ったことがあった。17時の待ち合わせにわたしが遅れて行ったせいなのだが、行きの電車賃しか渡さない母も母だと思う。警察に行くという頭がなかった当時のわたしは当然のように歩いて帰ることを選択した。ちょっとした冒険気分だったかもしれない。あれは、確か日曜だった。17時半まで待ってあきらめたわたしは自宅までの5駅分を歩いて帰ったのだった。道もわからないので線路ぎわをつたって歩いた。帰る頃には毎週楽しみにしていた大河ドラマが終わっていた。それだけが残念だった。両親は当たり前のように心配していて、それどころではなかったのだが。帰って食事もせずに寝たように思う。とにかくわたしは疲れていた。
 この街には本屋があった。かつてはあった。だがわたしにはその記憶は朧である。今はそこに銀行のATMが入っている。こんなスペースに本屋が?と今でも疑うばかりである。その本屋で宇宙の図鑑を注文したのは以前にも書いたことだ。もう一つの本屋は今も場所を変えて存続している。ツタヤ書店にパイを奪われて、美容室への配達でなんとか保っているのだと思う。しかし、ここは岩波文庫を豊富に取り揃えているので侮れない。岩波は買い切りなのでいろいろと大変だろうに。
 この街からは徒歩圏内に区役所と納税署がある。新幹線も隣街に通っている。そういう意味でとても便利な街だと思う。
 飲み屋も一応ある。ラーメン屋は6件ある。最近また新しく入ったようだ。わたしとしては大きい本屋が欲しいのだが。駅前にあったファミレスは潰れてしまった。
 JRと私鉄が通っていて、都内に向かうための乗り換え駅である。朝は戦争だ。JRから私鉄に「走って」向かう人によって、駅のエスカレータは定期的に故障している。そんなわが駅も駅ビルができるらしく絶賛工事中である。もう何年もやっていると思うが、まだ続くらしい。住民期待の駅ビルなのだが、わたしはそれほど期待していない。わが街らしい駅ビルになるのだろう。テナントも入るようだ。何度も言うが大きな本屋に入って欲しい。
 わたしの街にはゲーセンがあった。今はもうない。そこは1ゲーム50円という破格の安さだったのでいろんな人が来ていたと思う。結構楽しかった。狭いゲーセンだったけれど、暇つぶしにはちょうど良かった。一度だけ知らないヤンキー集団と喧嘩になったことがあったのだけど、指輪のついた拳で目を殴られて終わった。わたしは幼かったし、彼らも喧嘩慣れしていなかったようだ。母には転んで怪我をしたとだけ言って寝た。アザは数日残った。
 カツアゲにあったことは一度しかない。高校の時、この街で。所持金ゼロなのも忘れて、いかにカツアゲが不毛なのかの議論に持ち込んだ。金は一円も払わなかった。もとより財布に金が入っていなかったのだから払いようがなかったのだが。
 いま、わたしが散歩するところといったら、もっぱら隣街の「池」である。そこには桜がたくさん植えてあって、季節には壮観である。鳩をはじめとして野鳥もそれなりに来る。片目を病気で失ったネコがアイドルだ。その前のアイドルはアヒルだったのだけれど、いつの間にか見なくなった。公園のトイレに「〇〇人!食ったアヒルを返せ!」といった怪文書が貼られたりしていた。
 わたしはこの街が好きだ。
 でも、いつまでもここに居るわけにもいかないって思う。住みやすければ住みやすいほど、その街を出るのが億劫になるものだ。わたしはこの街しか知らない。街の位相というものを、わたしは知らないのだ。この街の便利さも不便さも、すべてが身に沁みている。帰る街があるということは幸福なのだと思う。この街を出ても、わたしが帰る街はここであって欲しいと思う。わたしはこの街が好きである。この、なんでもない、ありふれた、どこにでもある街が。
 いつか、この街を出るのだろうと思う。そういう日が来るべきだと思ってる。わたしはこの街しか知らず、一つの街しか知らないのであれば、わたしは『街』という位相を知らないのだ。人が住む『街』という単位を、わたしはこの歳になって包括し得ないでいる。