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世界の恋の数は一定

All about people, animals and stars.

わがまち、住む街

 我が街は、多くの人にとってそうであるように、わたしにとって一貫して住む街であった。わたしは物心ついた時からこの街に住んでいる。わたしの最初の記憶はずっとこの街だと思っていたのだけど(それは縁側にまばゆい夕陽を母と浴びているというものだ)、今思えば陽の向きからいってあれは今住んでいる土地ではなかったようだ。小さい頃は静岡の掛川に住んでいたことがあったから、おそらくはそこなのだろう。小学校くらいの時に掛川に行ったのだけど、全く覚えてはいなかった。両親ばかりが懐かしがっていて、わたしは少しだけむなしさを覚えた。
 それはそうと、わたしはこの街にずっと住んでいる。小学校の時に家を建て替えた頃以外はこの同じ土地にずっと住んでいて、旅行を考慮しても一週間と街を離れたことは無いように思う。たぶん。
 この街には、図書館が二つある。市立と県立(?)のもの。わたしはある程度大きくなるまではどの街にも一律に図書館があるものだと思っていた。これはどこかで書いたけれど、わたしは小学校に上がるまでは図書館というものに縁がなかった。友達に誘われて行ったのが初めてだったと思う。市立の図書館は市内中から本を取り寄せることができるのでとても重宝している。
 小学校にあがって、わたしの行動範囲はどんどん拡がっていった。隣街の文房具屋にプラモデルを買いに自転車で通ったのも小学校に上がってからだ。当時は第二次ミニ四駆ブームであった。この街にミニ四駆を扱っている文房具屋はなく、友達に誘われるままに隣街まで足を運んでいた。横浜で親に買ってもらうという選択肢はわたしにはなかった。すべての玩具は自分のなけなしの小遣いから買うことになっていたから。
 小学一年の時に、横浜での母との待ち合わせがうまくいかず、歩いて家まで帰ったことがあった。17時の待ち合わせにわたしが遅れて行ったせいなのだが、行きの電車賃しか渡さない母も母だと思う。警察に行くという頭がなかった当時のわたしは当然のように歩いて帰ることを選択した。ちょっとした冒険気分だったかもしれない。あれは、確か日曜だった。17時半まで待ってあきらめたわたしは自宅までの5駅分を歩いて帰ったのだった。道もわからないので線路ぎわをつたって歩いた。帰る頃には毎週楽しみにしていた大河ドラマが終わっていた。それだけが残念だった。両親は当たり前のように心配していて、それどころではなかったのだが。帰って食事もせずに寝たように思う。とにかくわたしは疲れていた。
 この街には本屋があった。かつてはあった。だがわたしにはその記憶は朧である。今はそこに銀行のATMが入っている。こんなスペースに本屋が?と今でも疑うばかりである。その本屋で宇宙の図鑑を注文したのは以前にも書いたことだ。もう一つの本屋は今も場所を変えて存続している。ツタヤ書店にパイを奪われて、美容室への配達でなんとか保っているのだと思う。しかし、ここは岩波文庫を豊富に取り揃えているので侮れない。岩波は買い切りなのでいろいろと大変だろうに。
 この街からは徒歩圏内に区役所と納税署がある。新幹線も隣街に通っている。そういう意味でとても便利な街だと思う。
 飲み屋も一応ある。ラーメン屋は6件ある。最近また新しく入ったようだ。わたしとしては大きい本屋が欲しいのだが。駅前にあったファミレスは潰れてしまった。
 JRと私鉄が通っていて、都内に向かうための乗り換え駅である。朝は戦争だ。JRから私鉄に「走って」向かう人によって、駅のエスカレータは定期的に故障している。そんなわが駅も駅ビルができるらしく絶賛工事中である。もう何年もやっていると思うが、まだ続くらしい。住民期待の駅ビルなのだが、わたしはそれほど期待していない。わが街らしい駅ビルになるのだろう。テナントも入るようだ。何度も言うが大きな本屋に入って欲しい。
 わたしの街にはゲーセンがあった。今はもうない。そこは1ゲーム50円という破格の安さだったのでいろんな人が来ていたと思う。結構楽しかった。狭いゲーセンだったけれど、暇つぶしにはちょうど良かった。一度だけ知らないヤンキー集団と喧嘩になったことがあったのだけど、指輪のついた拳で目を殴られて終わった。わたしは幼かったし、彼らも喧嘩慣れしていなかったようだ。母には転んで怪我をしたとだけ言って寝た。アザは数日残った。
 カツアゲにあったことは一度しかない。高校の時、この街で。所持金ゼロなのも忘れて、いかにカツアゲが不毛なのかの議論に持ち込んだ。金は一円も払わなかった。もとより財布に金が入っていなかったのだから払いようがなかったのだが。
 いま、わたしが散歩するところといったら、もっぱら隣街の「池」である。そこには桜がたくさん植えてあって、季節には壮観である。鳩をはじめとして野鳥もそれなりに来る。片目を病気で失ったネコがアイドルだ。その前のアイドルはアヒルだったのだけれど、いつの間にか見なくなった。公園のトイレに「〇〇人!食ったアヒルを返せ!」といった怪文書が貼られたりしていた。
 わたしはこの街が好きだ。
 でも、いつまでもここに居るわけにもいかないって思う。住みやすければ住みやすいほど、その街を出るのが億劫になるものだ。わたしはこの街しか知らない。街の位相というものを、わたしは知らないのだ。この街の便利さも不便さも、すべてが身に沁みている。帰る街があるということは幸福なのだと思う。この街を出ても、わたしが帰る街はここであって欲しいと思う。わたしはこの街が好きである。この、なんでもない、ありふれた、どこにでもある街が。
 いつか、この街を出るのだろうと思う。そういう日が来るべきだと思ってる。わたしはこの街しか知らず、一つの街しか知らないのであれば、わたしは『街』という位相を知らないのだ。人が住む『街』という単位を、わたしはこの歳になって包括し得ないでいる。

大事なことはなんなのか、ってこと

 わたしのこれまでの人生、うまくいったこともあったし、そうでないことも、もちろんたくさんあるのだけど、うーん、まぁぼちぼちですよね、たぶん。いや、人から見たら大失敗じゃん、大不幸じゃん、ってこともあるかもしれないけど、まぁ自分としては、けっこう良いじゃん、と思ってて。
 それは運もあったし、生まれもとりあえずは恵まれていたと思うし、自分のしたなにかしらの賜物もあったかもしれない。何によって今こういう気持ちになっているのかって、その遠因はわからないものだ。なんというか、今更どうこう嘆いてもしかたないことが多すぎるので。
 幸せであるには、「いま、ここ」をとにかく充実させることに集中することでしかないと思う。あとは、自分にコントロールできないことに手を出したり、ヤキモキしたりしないこと。情報を得て判断することは大事だと思うし、自分の目に入ってきたうちの多くはどこかで何かしらの形で自分に降りかかってくることなのだと思うけど、とにかく、「いま、ここ」。
 大事なことはなんなのかってこと。どんなに関係ないことに思えても、どこかしら縁があって目に飛び込んで来ている限り、人生に何かの影響はあるかもしれない。今すぐにでなくても近からぬ未来にでも。しかし「いま、ここ」にコントロール不能で、将来においても影響のないことははっきり見切るべきだって思う。
 政治や経済について憂いたりしても、自分にはほとんどのことはコントロール不能だと思う。情報としていろんなことを知ることはもちろん大事だし、それは例えば選挙という形だったり、ぼくの世代には縁遠いけれどデモだったり、何かしらの行動には繋がるかもしれない。それは世論の一部、社会の空気の一部ではあると思う。情報を正しく読みとって、判断することが大事なのだと思う。
 いかがわしい情報を見抜くためには違和感を感じることが大事だと思うし、そういう方法論があるのだと思う。騙す人がしがちなことってあると思うから。ネットの広告モデルでは、脅かす人ってのは定期的に必然的に現れてくる。いろんな人がこの世にはいて、それぞれに思惑がある。自分の思い通りの社会に向けて他人を動かそうという人は多いし、そこにはカネもヒトノイノチも関わってくる。一人の人にできることは限られているけれど、声の大きい人というのはいる。
 しかし政治や経済を憂いても、わたしという一般人にはコントロールする力はたぶん微々たるものだ。だから諦めるんじゃなくて、情報を集めて、判断して、処理する。その繰り返しだと思う。
 わたしの行動が、この社会に影響することなんて、本当に微々たるものだ。社会の空気みたいなものを作る一部でしかない。なにが最善であるのかを、すべての情報を持って折伏するわけじゃない。人にはそれぞれの思惑があって、きっとこの世界はどこかへ行くのだろう。隠されたものはきっとずっと隠されたままに。良い方へ行くはずだと信じるしかないし、コントロールできることをコントロールしていくだけだと思う。
 コントロール不能なことに執着しても、良いことはたぶんない。できないことに執着するのって、なんらかの不満や不安のはけ口となっているだけなのかもしれないって思う。執着することで、現実の「いま、ここ」から目をそらしてるんじゃないの。
 大事なことはなんなのか、ってこと。
 たぶん、わたしのことを人に紹介するのに、いろんな言い方ができると思う。「めちゃくちゃ幸福な人です」みたいな言い方もできるかもしれないし、(自分で言うのもなんだけど)「めちゃくちゃ不幸な人です」とも言えると思う。生まれて来たことがそもそも幸福で、しかも生まれて来たことが圧倒的に不幸なことだ、ということはあるのだと思う。大局的に見れば、人はどっちも持っているんじゃないだろうか。「人生はクローズアップで見れば悲劇で、ロングショットで見れば喜劇だ」とチャップリンは言ったそうだけど、そういう見方だってあるのだと思う。
 今がつらくても、いつまでも続くってわけでもないはず。抜け出すための何かは絶対に必要だけれど。人が不幸なのだとしたら、そこから抜け出そうとしないことだと思う。自死は抜け出すことには決してならなくて、人間を降りること。なにかしなくては、なにも始まらない。できることからしていくべきだと思う。
 基本的に後悔って、わたしはあんまりない。仕方ないと思うことはあるけれど。それなりにやってきたと思う。あれが精一杯だったかと言われるとわからないけれど、でも、それなりに。伸び代がまだ自分にあるとしたら、その精一杯さ、のところなのだと思う。必死さ、なのだと思う。一流、超一流との差はそこにあるのだと勝手に思っている。そこにはコントロールできないことの切り捨て方、見切り方も見え隠れする。集中の深さはそこから生まれてくるのではないか。良い意味で執着したいのだ。
 大事なことは、なんなのかってこと。人には、コントロールできる事、できない事とあると思う。それは人によって違うし、時期によっても違うし、気分や体調によっても違うかもしれない。その見極めが大事だ。コントロールできないことに執着してしまうのは人生の無駄だと思う。さっと判断して、自分にできることを地道にし続けることでしか、人生は拓けない。人生一発逆転なんてそうそうないし当てにはならない。何かに文句を言っているだけでは何も解決しない。不満を撒き散らすことは自分を焼く。自分を好きでなくなる行動だと思う。そうする前にするべきことがあるはずだ。具体的な行動や解決策だけが不満を解消する。しかし一人の人間にできることは限られている。それは、一国の首相であっても。
 わたしは、人の力を借りるのが下手くそだ、という自覚がある。だから自分で考えてきたんだと思うけれど、それにも限度がある。自分と自分の身近の範囲内だけで生きるのであればそれで事足りるかもしれない。だけど社会にとって価値のある何かを生み出そうとか、社会の中で生きるとかいうことを考え出すと、途端に露頭に迷ってしまう。しかし人間一人にできることなんて、たかが知れてると思う。
 人の力を借りるのが難しいと思うのは、人をコントロールすることを困難だと思っているからだと思う。把握してるつもりで把握していない。そうして判断をいつも誤っていたような気がする。他人はコントロールの範囲外だと決めてしまえばこんなに簡単なことはない。だけど、それはとても狭い世界を生きるということだ。把握していることだけが世界ではないし、把握していることだって確かなことなんてないのだと思う。判断を間違うのは、経験が乏しいのかバカなのか。考えがいつも足りず、そして劣っている。人をコントロールできるか否かを、いつも不審に思ってる気がする。何か、不遜な感じがするし、かといって、そうしないわけにもいかないというか。難しいよね。自分の中に着地点が見つかっていない。そもそも人の力を借りる事と人をコントロールする事は、違う事なのかもしれない。
 自分のことを、恵まれてるって思うよ。だけど(自分で言うのもなんなんですが)はっきりと不幸だとも思う。幸福を安易に享受しすぎているし、不幸を簡単に被りすぎている。わたしは足掻いているだろうか。わたしは幸福でもあり、不幸でもあると思う。動き続けることで、なにかが変わってく。どんな行動をするかが常に肝要だし、その判断を間違えれば、いつだって幸福は遠ざかり、不幸は色濃くなる。
 「いま、ここ」の心地よさを拠りどころに、わたしは生きている。大事なのは、きっと今の生活だし、ちょっと先の未来だし、過去のことはそんなに振り返らず、やるべきことをやりつづけることだ。強いていうなら日々の成長である。人の心地よさって、きっとそこにあるんだと思う。
 それぞれが、なにが大事なのかっていつも頭の片隅に置いて、考えつづけ、行動しつづけるしかないって思う。
 今のわたしの直近の大事なことは、如何にして価値のあるものを生み出すか、だ。そのことにわたしの全てを注ぎ込む。

自分を好きであるという幸福

 今日はここ最近思ってることの話です。
 けっこう、自分のことを好きになりつつある、というか、自分のことを好きであることを認識し始めていると思う。それなりに充実した日々を送っているし、楽しい毎日である。価値のあるものを生み出せてるかというと疑問ではあるけれど、そこに向かってるかもしれない──遅々とだけど──という感覚は自分の中にあると思う。どうやったら価値のあるものを生み出せるのだろうかというのが、ここ最近の自分にとっての高邁な課題であり、話題だと思う。
 そのためには、自分にとってなにが価値があるのかを知ることが大事なのではないかと思っている。それを探るうちに、けっこう、いや、今まで自分に対して思っていたよりは、自分のことを好きなのだと思えるようになったのだと思う。ただその言い方はたぶん適切ではなくて、もともと好きだったものをそうだと認識し始めているということなのだと思う。それはナルシスト的にではなくて、なんというか、つまるところ、「生の悦び」なのではないか。自分にとって価値のあることを把握することは、楽しいことでもあり、自分を好きになっていく、あるいはそれを認識するきっかけにもなる。それは生きる悦びであると思う。
 わたしにとっては、それなりにつらい日々もあったのだけど、自死することを考えたことは一度もなかったと思う。それは、遺書を書くという困難さがあるからだと、どこかに書いた。つまり、納得のいく遺書を書ける気がしないから、死ぬことなんて頭に浮かびさえしなかった、というか除けていたのだと思う。
 翻って、なぜ生きているのかというと、たぶん、生かされたからだと思う。それだけなのだと思う。そうして、わたしは生きている、生かされている。わたしにどんな能力があるかなんてわからないのだけど、ただ、生きていることが、いまは楽しいのだ。
 自分にはなにかの価値を生み出す能力があるだろうと思っている。あるはずだ、と思っている。なんの根拠もなく思っている。生を与えられたのだから、何かあるのだろうと。わたしは生きている。生きて、様々なことができるはず。
 いろんなことを意図してやりたいという通念が自分の中に芽生えつつある。因果関係などと大げさなことを言いたいのではなくて、すべての動作、すべての行動に意図があるべきだと窮屈なことを考え始めている。それはとても堅苦しくて、とても疲れそうなことなのだけど、それはそれで良いと思っている。その道を突き詰めたいと思ってる。
 そう思った矢先に読んだ本に「時間は動作の影である」という言葉があった。意図して何かをする、ということの影には「効率」という言葉がちらついている。例えば、起床してからやる事というのがいくつかルーティンとしてあるのだけど、その毎日やることにだって効率は隠れているし、なにかしらの意図を忍ばせることはできるのだと思う。コーヒーの湯を沸かしてる間に歯を磨く、その意図や手さばきの手順、みたいなことです。
 そういう工夫みたいなことを考えている時に、けっこう、「生きてる感」があるのだ、わたしにとっては。その多くは妄想である。あれをする時こういう手順でやると効率がいいはずだ、といったような。そういう試行錯誤が楽しいのだ。
 そういう試行錯誤の工夫をすることを、人に役立てられたら良いのに、と思ったりする。きっと、きっとだけど、「働く」とはそういう工夫によって発展していくものなのではないか、と思う。そういう類の価値もあるのだと思う。
 一方、ここ最近でいうと、会話を考えるのがとても楽しい。時間がいくらあっても足りず、妄想はつぎつぎと膨らむ。会話──なにげないはなし──を考えるのが楽しい。何のコンセプトもなくただ漠然と考えているだけなのだけど、何か設定したり工夫したら、もっと楽しいかもしれないと思う。枠はいつだって大事だと思う。今のところ、恋人同士の会話の妄想が多い。それが一番「いこる」のである。つまりは燃えるのである。しかし、今のところその妄想には人を喜ばせるような価値はないように思う。
 「価値のあるもの」とは何なのだろう。今のところ、わたしには価値のあるものを作り出せているとは言えそうにない。というか評価の矢面にさえ立っていない。
 それは自信がないからかもしれないし、「価値」というものをそもそもわかっていないのかもしれない。それなのになにげに表現を出してしまっている。よく考えもせず、ただ、自分の快楽に従って出してしまっている。表現することは、快楽なのだと思う。生きてる感じがすごくする。その突き詰め方に問題があるのだと思う。問題のあるものを出してしまうことは危ういことだ。快楽に溺れている。
 わたしは、もっと自分を高めることができるはずだ、と思う。「価値のあるもの」を生み出せるはずだ、と思っている。なぜだかわからないけれど、そう信じているのである。なんの根拠もないけれど、そう、信じている。それこそが、わたくしがわたくしを好きであるという要因であるような気がするし、これから先の未来に、なんの根拠もなく、期待している自分がいる。きっと落とし穴はたくさんあるのだろう。困難は尽きないだろう。しかし、自分を好きであることを失わなければ、きっとわたしは生きていられる、と思う。それも理不尽に幸せに。
 幸せであるためには、ある種の鈍感さが必要であるとわたしは思う。わたしがなんの根拠もなく思っていることは、わたし自身を強めると思う。わたしはより一層タフにならなくてはならないと思う。自分に対しても、人との付き合いに於いても。
 人生のいかなる局面においても、頼りになるのは自分だけである。他人に寄りかかった瞬間に、地獄が口を開けて待っている。いま、わたしは地獄の淵にいると思う。寄りかかりすぎだ、と思うのである。依存しすぎなのだ。わたしはいろんな意味でもっとタフにならないといけない。自分のために努力できるのは、自分だけであると思う。人のために努力する人もあるが、それはひいては自分のためだと思う。
 「幸せであること」が人生の大前提だと思う。その由来は自分を好きであることだと思う。最期だけを幸せに終わるだとか、最期が良ければいいというのではなく、幸せをいつだって追いかけ続けること。自分を好きであり続けること。そうありたい。
 だから自分を律し続ける。ネガティブな表現をなるべくしない。自分を好きでなくなることは決してしない。そして自分の目を曇らせるものを近くに置かないように心がける。
 世の中には、あるいはネットには、あらゆる「ヘイト」が蔓延っている。そういうものへの対処を知っているかどうかだと思う。そういうものに接した時に、どう考えるか、どう思うのか、ということだと思う。あらゆる「ヘイト」を避けて生きることはできない。世俗に生きればそれはどこにだってある。それに対処するためにいろんな方法があるはずだ。時にはうまく自分を言いくるめることだって必要なのかもしれない。「この人はこういうことを言わなければ気の済まない何かを持ってしまっている人なのだ」などなど。
 わたしは「困ること」を無意識に避けているのかもしれない。困らない方が良いという発想は、今ある問題を先送りにしているだけなんじゃないのか。「困る」から「解決」しようとするのではないか。工夫するのではないか。積極果敢に「出て」みることも大事かもしれないと思う。これはいろんなことに対して言えることだと思われる。
 わたしはいろんなことの総体として、自分を好きでいられているのだ、と思う。なにを以って自分のことを思っていられるのか、ということがとても大事で、その大事なものを失うことがわたしは怖いのだ。なにがキーだったのだろうということを考えることは、なにが自分にとって価値のあることなのだろうと考える事と似ていると思う。
 自分を好きだ、ということは、自分に何かを込め続けている、ということに由来するのかもしれないと思う。
 妄想がこうして形になっていく喜び。書くことはとても楽しいことだ。この、楽しいということが人に伝わるということが、わたしの存外の喜びである。

星星の思い出

 なぜわたしが、星に、宇宙に、興味を持ったのか、今日は書いてみようと思う。
 たぶんそれはおそらく、小学校一年生の夏に登った北岳に行く計画を練っていた時だったと思う。父が、渋っているわたしに「山の上では星が綺麗だよ、たくさん見えるよ」と言ったのだったと思う。それに母は同調して、そうねぇ、とか言っていたかもしれない。母は山には登らなかったのだけど、それだけは羨ましがっている、という感じを察知したわたしは、その瞬間からもう、星に魅せられていたように思う。
 ちょうど同じ頃に、毛利衛さんが日本人初めてという触れ込みで宇宙に滞在したことも話題であった。その頃わたしの頭の中は宇宙一色となっていたように思う。宇宙飛行士は虫歯があるとなれないとわかると必死で歯を磨いた。母に奨められて『宇宙の図鑑』と『星座の図鑑』を手に入れた。そこに、本屋があったことをわたしはもう覚えていないのだが、それらの本を取り寄せたのはそこにあったはずの本屋だったという記憶だけが、おぼろげに残っている。そこは今銀行のATMが入っているだけの小さな空間なのだけど、ここに本屋があったというのは、未だに信じられることじゃあない。
 閑話休題。星の話だった。山に登るまでに父が星座早見盤を買ってくれた。滅多にというか誕生日プレゼントだってくれないような人たちだったのだけど、そういうものをつぎつぎと買ってくれるということにはなんの疑問も持たずに、わたしは星と宇宙にのめり込んでいったのだった。
 その当時の夏休みの自由研究の宿題はプラネタリウムを作ったと思う。半球の透明プラスチックに黒くスプレーをして、星の配置に夜光塗料を塗っていくもの。塗料を塗るのはけっきょく父がやっていたような気がする。わたしは平面に描かれている星の配置を半球立体に写すことに躍起になりすぎて、頭がこんがらがっていたと思う。半ベソかきながら、うまくできないよー、と父に泣きついたのだった。
 第二、第四土曜には母と近くの天文台に月や天体を見に行った。そういう教室があったのだ。結構多くの人が毎回来ていて、順番に天体望遠鏡を覗いてく。土曜はそろばん塾に通っていたので、天体教室がある日はとても忙しかった。夕食なんて摂らず、塾から帰るとそのまま天文台まで行った。母はそれほど興味もないのに毎回ついて来てくれた。
 長じてわたしは、大学で宇宙物理を専攻した。いつからそうしようと思っていたのか、覚えていない。とにかく適当に数学と物理ができて、どうせならという気持ちもあったと思う。小さい頃から興味のあった分野だから、今思えば大学で勉強したことの一部分は当時買ってもらった『図鑑』ですでに知っていたことであった。
 今でも、あの、小さい頃に山の上から見た星空を思い出す。星があまりにも在り過ぎて、星座早見盤はまったく役に立たず、笑っちゃうくらいだった。それからも何度となく山に登った。その度に星座早見盤を持って行った。山の装備にシビアな父もそれをとめなかったし、なにかお守りのように成っていたのかもしれない。わたしはその星座早見盤を持って行くことがうれしかった。それは山登りのモチベーションの一つだったのだと思う。テントから顔だけ出して、ずーっと星星を見ていたことを、わたしは覚えてる。
 今、朝焼けを見るのを日課にしているのも天体への興味と関係があるのだろう。この都会の空の下、あらゆる星を、あらゆる天体現象を、わたしは掌握したいのかもしれない。
 あの頃、宇宙や星についてのなにもかもをわたしは識りたかった。ありきたりな表現だけれど、手が届きそうな溢れる星星を、ときどき思う。あの頃と、断裂した「いま」を、わたしは生きている。
 あのころの未来に ぼく(ら)は立っているのかなぁ

或いはそれこそが幸せな日々

 お金がなくても幸福でいられるのなら、その方が良いと、わたしは思う。しかしそれはとても難しい。日本人に於いて清貧が尊ばれるのはそうであることがとても困難だからだ。
 漫画家の鳥山明さんは、幼い頃、貧しくやることがなくて両親とワルツを踊っていたそうだ。そういう幸福だって、あるのだと思う。あるいはそれこそが幸福だったのだ、と。
 貧乏だとしても幸せに過ごせる人と、そうでない人といる。それをある種、「人格」と呼ぶのかもしれない。それには少なくとも、ワルツを踊るというような工夫が必要で、そういうことは誰にとってもの幸福とは言えないかもしれない。普遍性を持った幸せではない。それをそう感受できることこそが幸福なのだと思う。自分で見つけなくてはならない。見つかるということは何かに祝福されているのだ。それはつまり才能なのかもしれない。
 幸福はお金では買えないかもしれないけれど、持っていることで少なくとも不幸を振り払うことは簡単かもしれない。人間に対する厄介ごとのほとんどはお金があれば解決できるかも。解決できないものも、もちろんあるのだけど。
 お金がないとあらゆることに余裕が無くなってしまう。財布の締め具合にも心の安定にも人間関係にも子育てにも。大袈裟に言うのなら、あらゆる失敗はそれすなわち命取りとなりかねない。
 「余裕」と「幸福」はほとんど同じ意味なのではないか。つまりお金を持っていても、余裕がなかったら幸せとは言えないかもしれない。逆を言えば、お金がなくてもあらゆることに余裕を保てるのなら、それだけで幸せと言えるのかもしれない。しかし、何度も書くけれど、それはとても難しいことだ。
 たとえお金持ちになったとて、倹約家であることをわたしは辞めないと思う。「倹約」と「余裕」と「幸せあるいは不幸せ」とは別であると思う。倹約でも余裕で有り得、そして幸福でもあり得ると思う。それとこれとは別である。ゴージャスが良いという価値観を一庶民のわたしは持ち合わせていない。それ相応の人生があるのだと心得たい。
 何事にも余裕のある生活をしたいけれど、それだけで幸せかというと疑問ではある。それはつまりわたしの価値観の問題だと思う。すなわち、「人に愛されてこその人生」なのではないか、と最近は思いつつある。
 今はそれなりに余裕もある。お腹いっぱい食べることができて、月にCDを何枚かと、本を何冊か買えたらそれでけっこう幸せなのだ。実際そうできている。貯金もそれなりにある。毎月貯蓄もできている。いうことなく幸福だと思っている。
 しかし、自分の嗜好や幸福を、自分の都合よく、あるいは状況によってしかたなく、変えていってしまうことほど簡単なことはないと思う。もしくは無意識に人はそうしてしまう。
 例えば、ネットに繋がって定額料金を支払えば音楽を聴き放題の世の中だし、図書館だってある。お金がないのなら、そういう嗜好へシフトしていくことだって簡単だ、ということ。幸福についての嗜好は変わる。それは価値観が変わるということ、変えてしまうということ。好むと好まざるとに拘らず、だ。
 だからこそ、わたしは自分の幸せに敏感でいたい。できるだけそれに忠実でありたい。叶えたい。そういうものが、在るのだとしたら。
 赤の他人に惑わされたくないのだ。と言いつつ、いろんなことに影響され、流され、日々を生きているわけだけど。
 みんな自分の認めたい「幸福あるいは不幸」を信じて生きているのだと思う。
 今、わたしにこういう生活ができて「しまって」いるのは、わたしにも、家族にも、余裕があるからだ、と言えそう。わたしはいま現在を、幸福だと感じてる。
 病気で一番しんどい時を乗り越えることができたのは、(少なくとも家族に)余裕があったからだ、と思う。その意味でもわたしは幸福だったと思う。恵まれてるって、思う。
 あるいは更になにかを求めるのなら(たとえば、人に愛されたい、とか)ば、今のこの幸福はいったん手放さなくてはならないはずだと思う。そしてその先に、未来に、また新たな幸福が待っているのかというと、それはわたしには到底わからないことだ。それが人生なのだ、と思われる。
 おそらく、幸福はお金では買えない。お金を目的に人を愛し愛されるフリをする人たちをわたしは識っている。
 人恋しいとはあまり思わない質だと自分では思うけれど、それでも今の状況は、何かが間違っているのだと思う。わたしは、ほとんど誰からも愛されてさえいないように感じてる。
 「愛」とはなんなのだろうか。人生の「幸福」とはなんなのだろうか。
 お金はたぶん大事である。生きていくためにも。自分が何者なのかを示すためにも。自分の未来のためにも。つまり成長のためにも。
 仕事は糧を得るためにするもの。わたしにとってそれ以上のものでは、今のところ、ない。おそらく、お金を持っていることで、なんらかの「不幸」を安易に振り払うことはできるのだろう。
 なにが「不幸」で、なにが「幸福」なのかは、わたし自身が自分の価値観で決めることだ。決して、それを人に委ねたり、譲ったりしてはいけないのだと思う。
 そうしがちだから困っているのだ。
 わたしはいま、独りに見えるかもしれないけれど、それなりにシアワセである。独りだから視えることもあるのだと思う。わたしが自分の「幸福」に対して鋭敏かどうかはわからない。ブレない何かを持っているとも言い難いし、日々成長しているのかも疑問だと思う。もっともっと効果的に自分を成長させる方法があるのではないか?
 思いわずらうことなく、愉しく生きたい、のである。

人と関わること

 書店でバイトしていた時、初めて働くことでというか、もっというと人に何かすることで、褒められたような気がする。だから、今でもわたしは書店で働くことに執着してしまうのかもしれない。
 両親はわたしを徹底して褒めない人だったし、学校生活でも褒められる機会ってそんなになかったと思う。友達として認められるとかそういうことはあったとしても、なんだかそれはとても空虚なものだと思っていた。少なくともきちんと何かに打ち込んで人に認められる、ということはなかったように思う。
 人に褒められることを、こそばゆいというか危ういことだ、という感覚が自分の中にあると思う。つまり増長するのではないかと。両親もそれを知っていたからわたしにそう振る舞ったのかもしれない。奉られたり共感されることに敏感なのもそれと通じているのかも。なんにせよ、褒められることにわたしは慣れていないし、どうしたらいいのかわからない。
 しかし、書店での印象的な出来事にはそういった感じはあまりなかった。自分の能力の成果を褒められたというか自分の打ち込んでいることを認められているという感覚があったから、少なくともその当時の自分の何かを形成していたとさえ思う。ある種、健全な自尊心というか。なんというかそれが幻想だとしても、社会人としてちょっとだけ認められたとさえ感じていたと思う。お金を媒介にするということだけでなくて、一人の人間として、というか。
 人に褒められる悦びの記憶というのは自分にとってはそのくらいなのだと思う。接客は楽しいし、本も好きだし、書店という空間も一応好きなのだけど、今の自分はいろんな理由から書店で働くことには適わない。自分に合っているかどうかはわからないけれど、それらの記憶がわたしを書店員という仕事に意識を今も向かわせているのだと思う。働く、というとまず書店員が浮かぶ。
 一方、文章を書いてそれによって人に褒められたという感覚は今のところ全くない。それでも文章を書くことは楽しいと思う。今の自分は書くことに打ち込んでいるとは言い難いから、褒められてもたぶん嬉しくはない。自分のために書いているという意識がかなり強いし、人に読まれるとか認められるとか褒められる、ということをほとんど想定していないように思える。
 世界の中の一部としての文章を書く態度として、たぶんそれは最悪なのだと思う。人に読まれることを前提としていないのなら、それは文章とさえいえない。少なくとも建前としてある一部の人にだけでも役に立つかもしれないという意識がないのならば、文章を公表する意味などないのだと思う。
 文章を書くことが楽しいというのはおそらく自分の考えが文字になっていくということが楽しいのだと思う。あるいは書くことによって自分の考えが整理され、思いもよらない発展をしていくことが楽しいのだと思う。客観化することはあっても、そこに他者はいない、たぶん誰ひとり。
 わたしは今のところいますぐにこの世からいなくなっても誰も困らない人間だと思ってる。わたしは社会の中で認められた存在ではないし、認められようと努めてもいないからだ。何かをすることによって自己実現しようとか、社会に認められたいとか、存在したいとか、あるいは単に誰かに褒められたいという気持ちが希薄なのだ。だからそういう態度しか取れないし、それが文章にも現れているのだと思う。
 わたしはどこかで心折れたのかもしれない。おそらくそれは障害によるのだけど、言い訳に過ぎないとも思う。心折れたことよりもそれに対する態度に自分の弱さを見ている。
 人に認められたいということなしに社会と関わるのは迷惑なのではないかと思う。認められたいと思う相手を(漠然と不特定に対してということではなく)具体的に特定の誰かを想定さえできないことはとても不幸だと思う。人と関わろうとしないのだから特定の誰かも具体的にならないのは当たり前のことだけれど、わたしは様々な面で他人にも自分にさえも期待していないのだと思う。
 自分を裏切っていると感じるのは、たぶんそこなのだと思う。引き裂かれている。心のどこかで人に認められたいと思っているのだと思う。もっといえば愛されたいと思っているのだと思う。でも、そうはしない、できない、どこか認めたくない。孤独がつらいとか友達が欲しいという話では全然ない。何かがわたしを堰き止めている。それは障害如何ではない。
 人に認められる悦びをわたしは知っているはずである。だからこそわたしは本に向かっていくのだと思う。しかし自分の中でなにかがズレていて、わたしを遮断している。ネットという希薄さに依存しすぎなのかもしれない。人と関わる悦びは、実人生で人と深く交わることでしか得られないかもしれない。ネットは具体的な人物像をそれほど提示しない。でもたぶん原因はそれだけじゃなくて、根本的に人と相容れないなにかが自分の中にある。薄さ、ということが問題ではなく、根本から拒否している。だから薄くても気にならないのだと思う。人と深く関わることをしない。信じられなくなっている。傷つくのを過剰に恐れている。
 認められるという以前に人と関わるということがない。人と関わるという選択肢が狭すぎる。それはたぶんもっと自由で、様々なバリエーションがあるのではないか。人との関係は、自分だけではけっして決まることではないけれど、視野を自分から狭めることもない。人は思ってるよりもたくさんいて、その一人ひとりに対して自分にとっての関わり方がある。生きている限りそれはその都度あらゆる人に対してずっと続いていく。なにもしていなくても。どんなに関係ない人にも世界中の人に対しても。多くの人に対しては無関心のように装い(それも関係の一つの形だと思う)、ある人たちとは何らかの形で関わっている。
 わたしはわたしなりの価値観で、考え方で、生き様で、人と関わっていける。そしてわたしは適応していくことができる。不自由さを決して言い訳にせず、広い視野を保ち続けることがわたしには必要なのではないか。文章を媒介として、わたしにできることがある。真摯に考え続けることで進んでく。わたしはかろうじて知っているはず、縁というもののなんたるかを。

つぶやこうと思って書いたのだけど、そうはしなかった言葉たち(2月版)

人生における諸問題は山積みだけれど、それだってきっとなんとかなるはず。恵まれてる部分を思いつつ、やれることからやってく

考える方法を知りたいのだ。あらゆる知恵から、その発想、考え方を抽出する方法を知りたい

毎日書いた方が、健全だ、という感じはある。あるけど、何を書くかというのはとても大事なのだとも思う

たぶんだけど、潜在的に書きたい、字で表現したい、という人はたくさんいるんだと思う。けれど、それを実際する人は少ないのではないか

この世にあるものの、どれだけのものが、あらかじめ決めて用意周到に作為的に作られたものなのかって。ジブリだって任天堂だって、行き当たりばったりなところは多分にある気がする。
大事なのはその場で反応してくことなんじゃないか。ジャズの即興のように

わたしは何もかもが浅はかだと思う。考えがいつだって甘い。すこしはマシになりたいのだが

パントマイムの練習をしようと思ったこともあったのですが、そのナルシシズムというか人に見られる感じを想像したら耐えられなくてやめました。視線恐怖とかそういうことでなくて、目立ったり注目されるのが苦手。。自意識過剰ですかね

わたしは何事も判断が遅い気がする。。もう少しキビキビ判断するようにしたら、いろいろ変わるかもしれん

説明的なことは書くことはできるような気がするけれど、隠したりあえてわからないようにすることは不得手というかできない。そういう美意識がない。
私の書いたものを読んでわからないところがあるのだとしたら、思考が至らず、説明できていない、表現できていないにすぎない。

好きだとか、愛してるだとか、それだけじゃダメなんだ。気持ちを実態として表現しないことには、それはないのと同じなのだと思う

教室の、端と端で目が逢うみたいに僕らはつぶやいている

どんなニュースでも、自分と少なからず関係があるからニュースしてるわけで。というか日本に生きてる限りは関係ないことはないのだとも思う。だけど目を背けたいというか関係ないと思いたい気持ちもある。→
→どんなことにも教訓を求めようとしてしまう傾向が自分にはある気がするし、それだけで頭一杯になってしまうし、荒むし。

いつまでもしゃべれないふりをしていると、本当にしゃべれなくなるよ

社会の中で人と関わるとかうまくやっていくノウハウというか感覚はたぶん、もうない。それをまた得るには苦労するのだろうなー、と思ってる
それはそういう類の病気だしね。受け入れて、なんとかするしかない

友人からの呼びかけによって、心が開かれるということは、往々にしてあるものだなぁ、と今日は思いましたまる というわけで今度、友達と『ララランド』観に行ってきまぁす